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BLOG - 高山かおり(Magazine isn’t dead. 主宰/ライター)

「“伸びしろ”を見つけて」勝毎取材後記 #3

取材対象者:江本祐介さん

出身:音更町(帯広柏葉高校卒)

職業:クリエイティブディレクター・アートディレクター(パラドックス所属)

紙面掲載:20/12/15(火)

取材日時:20/11/17(火)10:00〜12:00

場所:パラドックス本社

取材のきっかけ:写真家・砺波周平さんからのご紹介

 

 かねてより親交のある写真家の砺波周平さんから、「そういえば帯広出身のアートディレクターがいる」と聞いたのは半年ほど前だっただろうか。友人や知人を中心に取材を続けて15人以上になり、その都度ご紹介いただくテレフォンショッキング方式を取っていたものの(現在もそうである)ご紹介くださった方がすでに紙面に登場していたためNGということが続き、一つの細い繋がりが切れてしまいそうな危機感があった。ゆえに誰かにお会いする度に、「十勝出身の方で知り合いがいたら紹介してくれませんか?」と声をかけてまわっていた。そこで紹介してくださったのが砺波さんだった。余談だが、砺波さんも北海道出身である。

 江本さんは、リクルート出身の方が約20年前に立ち上げた「パラドックス」でクリエイティブディレクター・アートディレクターとして働いている。

 デザインに興味を持ち始めたのは、高校時代。CDやレコードのジャケットデザインに惹かれたことがグラフィックへの入口となった。また当時、藤丸(注:帯広市唯一の百貨店)の本屋で見つけた『relax(リラックス)』もきっかけとなったそうだ。「なぜか1冊だけ置いてあって。マーク・ゴンザレスが表紙のもので今でも大事にとってあります。こんな世界があるんだと思ったんですよね」。

 ちょうど2日後に同じ枠の取材で帯広市出身の別のデザイナーを取材したのだが、その方も当時の『relax』を今も所有しており、『relax』が与えた影響の大きさを改めて感じることとなった(この話は次回の取材後記で)。

 江本さんは高校卒業後、大阪芸大へ進学。学生の頃はずっとキャバクラでアルバイトをしていた。ボーイから始まり、最終的には副店長にまでなったという。「本当に楽しかったんです。接客をすることでみんなが喜んでくれるんですよね。お客さんと話すのが楽しくて、自分を必要としてくれるうれしさも感じました。接客というかサービス業が面白いと思うようになったんです」。

 一見デザインと関係がないと思われるこのエピソードが話を伺っていくうち、今の江本さんを形づくる幹になったことがわかってくる。

 大学卒業後は広告制作会社へ就職。ひたすら制作を続ける日々だった2011年、会社があった渋谷で東日本大震災を経験する。テレビから流れる映像と、中学生の頃にテレビ越しで阪神大震災の様子を見ていた記憶が重なった。「遠い北海道から何かできないかと漠然と考えていたあの頃と違い、今なら自分の意思で東北に行ける」と感じ、ボランティアへ行った。

 その中で広告が持つ役割について考えさせられた。「大事な文化をつくっていくような部分はあると思うんですけど、人の生死にはやっぱり関係がない。3ヶ月くらいかけて制作したものが2週間で消えていく。誰かが見ているようで誰も見ていない。誰が喜ぶんだろう、何を生み出しているんだろうという疑問が湧いたんです」。

 その時、先述の接客の楽しさを思い出した。「広告で喜んでもらえないなら、サービス業がしたいなと。でも、今からサービス業って何するんだろうって(笑)」。一度仕事から離れることを決意し、資金を貯めたのち世界一周の旅へ出た。

 13年4月に帰国。そしてデザインの仕事ではなく、「また夜の世界に戻ってみようかなと思って、銀座でボーイをすることにしたんです」。半年ほど働いたが、「今更なのですが、夜の生活が合わなくて。やっぱり普通に働こうと思って辞めました」と笑う。「世界中を旅する中で、街の文化や暮らしがその街のクリエイティブなものに全て表れる面白さにも気づいたんですよね」。デザインの力を再認識し、縁あってパラドックスに入社した。

 以前の会社とパラドックスが決定的に違ったのは、クライアントの顔が見え、密なコミュニケーションに重きを置いていること。「それまでは広告代理店の先にお客さんがいたので、“人”が見えていませんでした。今は、目の前のお客様と対話を重ねながら課題に対する解決法を一緒に考えていきます。ただグラフィックをつくるだけではないんです」。デザインの力でクライアントを支え、さらにその先のお客様に対しても価値を提供できている実感を持つようになった。「デザインと、さっき話したサービス業のいいとこ取りをできているという感覚ですね。だからすごく楽しいんです」。

 いろいろと事例を伺ったのだが、具体例の一つとして、札幌・ススキノでキャバクラを5店舗展開する、株式会社バルセロナについて紹介したい。実は江本さんの奥さんはパラドックスの社員時代にバルセロナを担当し会社の姿勢に惚れ込み、現在は同社の執行役員を務めているという。

 いわゆる“夜の街”へ行くと、キャバクラやホストクラブの看板が目に入ると思う。それはどこの街でも大体似ていて、一言で言うとギラギラしたようなイメージというか、そんな印象を抱く方が大半ではないか。「まずはその世界観を変えませんか、と提案したんです。その方の個性や魅力をもっと打ち出しませんか?と」。そうして、所属するキャスト(バルセロナではそう呼んでいる)写真の演出をガラッと変えた。変更後のものが下記のトップページなのでぜひご覧になってほしい。

 写真を変えただけで新規入店率が驚くほど上がり、売上も増加。そして、こんな面白い変化もあった。「ススキノの案内所の写真がどんどんバルセロナ風の写真になっていったんです」。これは自分の目で確かめたいところだ。そんなことになっていたなんて、私は全然知らなかった。

 「僕が知る限りではまだ札幌だけだと思うのですが、もしかするとこれがスタンダードになるかもしれないですよね。僕がこうあったらいいのにと思う方向に変えられる可能性があることに醍醐味を感じます」。そしてこう続ける。「この業界はブルーオーシャンなんです。ITやDXも入っていなくて、伸びしろだらけ」。今バルセロナには新卒で優秀な学生がどんどん入ってくるという。“伸びしろ”があるからこそ、業界に魅力を感じる若者がいるのだろう。

 既存のものの視点を変えてみること。誰もやろうとしていない分野を見つけ、チャレンジすること。そこには新しい景色が待っていると思う。その景色が少しでも見えたとき、自分の世界も広がるはずだ。肝に銘じて2021年も過ごしていきたい。

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