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BLOG - フイナム ランニング クラブ♡

信越の山々163kmを夜通し走ってきました♡ 〜信越五岳トレイルランニングレース100マイル女性ランナー完走記〜

ランナーの中嶋友里です!

2022年9月17日に開催された、信越五岳トレイルランニングレース 2022 〜パタゴニアCUP〜。100マイル部門に出走してきた時の振り返り、一年越しですがこちらに書かせていただきます!

受付後の一枚!この約7時間後にスタートでした!

 

制限時間17分前のゴール

私の信越五岳トレイルランニングレース100マイルの結果は!わりとギリギリでした!

■フィニッシュタイム:32時間42分 ※制限時間:33時間 

一瞬でも諦めたらこの関門17分前にはゴールできなかったと思います。走力に自信がない私のようなランナーでもゴールできた要因は、以下!

(1)エイドワークの短縮をとことん心がける

(2)レース経験で培った諦めないメンタル

(3)壊滅的に遅い下りを人並みに底上げした

(4)得意な登りを強化した=長く止まらず走れる様になった

※このレースは走れる登りが多め。“ゆるやかな登りは永遠に登る”勢いで、“急登は遅くても止まらない”土台を作り挑みました。

ゴール後は「全ての経験が活かされた」と胸がいっぱいでした(笑)速報で計算した100マイル完走率は、38%ほど。気温が高いこともあり、熱中症も多く厳しい条件のレースとなりました。

 

完走のため生活に“しかけ”をちりばめた

これに尽きます。信越五岳の制限時間は33時間です。(国内の100マイルレースの中でも、信越五岳は制限時間が短め。)私が初めて100マイルレースを完走したのは、同年4月のUTMF(ウルトラトレイルマウントフジ)。そのタイムと比較すると、シンプルに4時間以上短縮する必要がありました。

■私のUTMF2022フィニッシュタイム:36時間54分

距離約157km ※天候で165.4kmから7km短縮、累積標高約6,377m+(7,577m+から1,200m変更)

信越五岳を完走できるか否かは不明でした。ウェブで検索しても、信越の100マイル完走記は少ないし、ましてや女子の記事なんて見つからない(笑)自分が信じたことをやるのみでした。

出走を決意してから、生活24時間全てに「信越五岳完走のためのしかけ」を盛り込んでいきました。睡眠・食事・山の練習・ロードのランニング・筋トレ全てをレースのために組み立てました。ざっくり以下のことを行いました。

 

エイドワークの見直し

一番のポイントです。私のような、走力で何とかできないタイプは絶対に「エイドワークの達人」を目指したほうがいいです。記録短縮の近道だと数年前から強く思っていました。実は以前は少し負い目を感じていました。走りで挽回できない分、エイドの時間を削るのって「せこい」と思われるのかなとか(笑)

しかしこのレースで「エイドワークの工夫は決して恥ずかしいことではなく、自分の工夫は間違っていなかった」と思える結果が得られました。だから声を大にして言います!エイドワークの工夫が完走への近道です!!!!私はどんな大会でもエイドワークを意識します。お試しあれ。

ざっくりですがUTMFの振り返りの図!体感はかなり余裕があるフィニッシュでした!

具体的には、前回の100マイルレースUTMFのエイド滞在時間を算出し、体感と実際の乖離がないか研究しました。UTMFはかなり休んでいたことが分かりました。

実際は、体感と実際の時間経過に大きく乖離がありました。体感15分滞在のエイドで、40分ほど休んでいたり、そんなに眠くなかったのに横になっていたり。そのため、信越五岳では「次の区間は気温が高いし急登があるから、そのために休もう」と根拠を持って計画を立てました。(その計画がどうなったかは後記)

(1)サポートエリアではフラスク丸ごと交換

(2)エイドでやることを決めてそれを死守

(3)補給はなるべくエイドを出る時歩きながら摂る

(4)基本座らない

サポート(立入可能なエリアで事前登録をしてマネージャー的な役割を付けることができる仕組み。私は古いランニング友達にお願いしました)には、『ぐだぐだしてたら追い出してください!』と頼んでいました。サポートエリアではフラスクは丸ごと交換することにし、エイドでは座らないことを徹底。(レース中座って休んだのは翌日午後だと思います。)イメージはF-1のピットインです。

 

いつでも100マイル走れる装備で走る

 山に行く時は必ず信越五岳で背負うギアを全て入れ、ザックもウェアもなるべく本番同様のものを使用し、いつでも「100マイル走れる装備」を背負っていました。

低山でも高い山でも関係なく、100マイルを想定。本番の状態に慣れる事を最優先しました。UTMF前も同様にしていて、良かったので行いました。なんならロードのロング走でも、信越五岳の装備を背負って走りました(笑)細かいことはしなくても良いのかもしれません。が、合わないザックを30時間以上背負っていると、背中が疲れたり、スレの原因にもなるので私は重要視しています。

高尾山でも筑波山でも100マイルの必携品を背負いました

 

夜スタートのレースをイメージした練習

信越五岳トレイルランニングレースは18時半スタート。夜から身体を動かして、自分が翌朝以降どうなるのか、観察するためにも夜間のトレイル練習を数回行いました。このレースは「ペーサー」をつけることができます。(黒姫エイド約100km地点から事前エントリーしたペーサーとフィニッシュを目指せる)息を合わせるためにもペーサーの友人と夜間走を数回行いました。私が登りが得意で下りが苦手なこと、どのくらいの登りなら引っ張ってもついて行けるのか等、伝えるいい機会でした。睡眠を取らないで走るのは負荷が高いので、回数は人によりますし、やる場合は安全第一、体調第一で。仕事・家庭・身体全ての調整が必要です(真剣)

 

得意を伸ばし苦手を底上げする練習

私の得意分野は登りでした。地元茨城県にある筑波山に早朝週2回・多くて週3回通い詰めたこと、峠走を継続したことで、1年前位から格段に登りのペースが上がりました。レースで他の選手が歩いている上りを、ゆっくりなら止まらずに走れることに気がついたんです。体感としても歩かず走った方が楽なので、練習を継続し、得意の登りを安定させるよう努めました。信越五岳は走れる登りが非常に多いです。この、「止まらないでゆっくりと登れる」私の得意分野は存分に活かされたと思います。

逆に苦手なのは下りです。1年ほど前まで下りが人一倍遅く、グループで山を走っても前の人との距離がどんどん伸び、単独走になってしまうほど(笑)それが友人のアドバイスで突然下りに目覚め、めちゃくちゃ速く下れるようになりました。レースで「先に行ってください」と前の方に譲られるほど。(本当に魔法かと思うくらい)それが年末不注意で尻餅をつき、お尻にスマホ大の大アザができる打撲をしてしまい、そこから感覚が掴めないでいました。結果的にはレース1ヶ月前には、ズレた感覚を戻すことができました。

 

お腹に縦線が入る程の体幹トレーニング

自重のトレーニングをコツコツ行いました。Youtubeで竹脇まりなさんの腹筋・背中・お尻を鍛えるトレーニングを朝晩、朝できなかったら夜は必ず行いました。大会前にはお腹にくっきり縦線が入りました。下腹部の筋肉が強化されたことで更に登りをプッシュできるようになったと思います。

 

胃腸を大切にしながら体調管理に努めた生活

ルーティーンなので、普段通りではありますが、レース前は体調を整えることに重点を置いた生活をしています。アルコール以外は大前提は【ひとりの時】にしかやりません!ゆるくやっています。

・5分でも早寝するよう務める

・スナック菓子等の油や砂糖を控える

・甘いものが食べたくなったらフルーツやはちみつをかけたヨーグルトを食べる

・アルコールは1ヶ月前からお休み

・大好きなかき氷(冷たいもの)はお休み

・3週間前位から飲み物を全て熱いまたはぬるいものにする

・カフェインは1週間前から抜く

・突然カフェインを抜くと、カフェインで分からなかった疲労が顕著に出るので普段から低カフェインを心がける(午前1杯のラテ、午後はデカフェにする等)

「そんなにやるの?」とよく友人に言われますが、“無理なくできる”のがこの形でした。体調良くスタート地点に立ちたいだけなので、レース前日にコップ一杯のビールをいただいてもよく走れたレースもあったので、あくまで私のこだわりです。

 

レース前日〜当日受付

茨城県在住だったので、前日入りし受付から1kmのホテルに宿泊。(多くの選手が当日土曜入りで受付をします)

不運なことに、ホテルの地下で地元大学生の軽音部の発表会があり、時間未定でバンド演奏が行われていました(笑泣)21時に就寝するも、軽音部のスタジオ音が響いて眠れず。最後に時計を見たのが1時半でした。心拍数も高く、緊張しているのを強く感じました。翌朝はAM9時半頃、歩いて受付会場(レストランハイジ)に向かいました。

道に迷っていたら!なんと軽トラのおじさまが受付まで乗せて下さいました!毎年運営に関わっている地元の方でした。(感謝)

おじさまが「わざわざ来てくれてありがとう。また来年も来てね」と熱く語ってくださいました

受付会場は、行列!東京からのバス到着と被ってしまい1時間ほど並び、誓約書提出と必携品チェックを受けました。

受付では楽しみにしていた参加Tシャツも受け取りました!

受付後は予め有料仮眠として予約していた宿へ。その前にいい感じのお蕎麦屋さんで昼食!

多分レースで登る山々が綺麗に見えていました!

この5時間後にはスタートです。美味しい蕎麦と天ぷらを食べすぎない様に注意しながら!

フイナムランニングクラブ山本副部長と、MC岡田拓海君、私のサポーターじゅんじさん!(写真:岡田君提供)

宿で3時間ほど仮眠の時間が取れました。緊張のせいか心拍数高め。実際に寝付けたのは50分くらいかもしれません。

事前の有料仮眠宿は「ホテル太閤」レース後も同じ場所に泊まれて快適でした!

 

会場の雰囲気に圧倒されるスタート地点
スタートは18時半。1時間ちょっと前に会場入り。ものすごい人が居て圧倒されました。

HOKAフォトスポットで一枚!緊張していたので友人に会うたび涙目でした(笑)

どんどん暗くなり、スタート前の景色はこんな感じ。幻想的でした。

信越五岳の、自分の中でのイメージは「ムキムキのすごい男性ランナーばかりが走るガチな大会」でした。その凄い人たちの中に自分が居るなんて・・・!信じられなかったです。(ど緊張)

 

18時半いよいよ100マイルスタート

花火が上がり、レーススタート。「気持ちが上がる」と言われていましたが、緊張の方が勝り、「よしやるぞ」と身震いする感覚でした。「登りのゲレンデは走るな」と前回の優勝選手も言うほどでしたが、急ぐ選手が多く焦りました。

スタート後すぐはゲレンデの登りです

ゲレンデを抜けると緩やかな広い登りの林道です。人もばらけてマイペースに走れました。走れる登りは走っていいと聞いていたので、心拍数が上がらない程度にどんどん走りました!

全く止まらない選手は、私の走っていたタイムでは、私と目の前の男性の選手だけでした。皆、早足で走っては歩くを繰り返していました。私は逆に、「ゆっくりでも止まらない」という方法で何kmも走り続けました。手ごたえを感じつつウォーターエイドを通過しました。

以降、101km地点でペーサーに会うまで、4箇所のエイドでサポートの友人に支えてもらいました。エイドではフラスクをまるまる交換し、ジェルや補給食をポケットに詰め込み、頼んでいたぬるい甘酒を一気飲みしてすぐ出発するという動きでした。

集中していたことと、気温が非常に高かったため、トイレに行く時間のロスは非常に少なかったです。4つのエイドのうち、翌朝まで1回しかトイレに行きませんでした。

そして100マイルで私が撮った写真はたったの4枚(笑)この朝焼け。インスタグラマーなのに!

以下、写真少なめですがエリア毎の状況を書きます。

翌朝5時15分の朝焼け。ペーサーのいる101km地点まで必死でした!

 

19kmバンフエイド(3時間6分)

21時半着。ゆるやかな林道を登り、斑尾山を登って降りてすぐのエイドです。まだ3時間ですが汗をかいていて、水分を300mL増やしました。(サポーターに預けていたパウチ飲料)フラスクを交換し、ぬるい甘酒を一気飲みし出発!かなり短い滞在時間でした。

 

33km赤池エイド(5時間23分)

サポーターのいないエイドです。一回トイレに行きすぐ出発しました。友人に会った時に、「ゆりさんのエイドワーク見て、本気なんだな、これは完走するな!と確信しました」と後から言われました。きっと私が慌ただしかったんだと思います(笑)

 

52kmアパリゾート上越妙高エイド(8時間43分)

アパリゾートまで長いゲレンデの下りがあります。ゲレンデを下るレース(野沢温泉や上州武尊)に繰り返し出ていたので苦戦はせず。しかし、よく下りで違和感を感じる脇腹が釣るような感覚になり、スピードが出せなくなってしまいました。ゲレンデの下り。いつも疲れるのは右の脇腹のみなので、テーピングは右の腹筋だけに貼っていましたが、今回は左脇腹に違和感。タイムロスですが、ゲレンデの途中で左脇腹にテーピングを貼り、いつもの5・6割のスピードで向かいました。テーピングの予備を入れておいたのが正解でした。そのうち痛みは消失しました。

時間は夜中2時すぎ。水が圧倒的に少ないと感じました。300ml足した水分を更に足して1.6ℓ持ち出発。基本暑さには強いですが、不調は全くなかったのでこの選択は正解でした。

 

69km国立妙高青少年自然の家エイド(11時間23分)

自然の家に向かう間に日の出を迎えました。ライトは翌日用に電池を交換し、日中の暑さ対策のために、日差し付きのキャップに変えました(直射日光のゲレンデやロードが続いたので正解でした)

ロードが7kmほどあり、他の人が歩く中、歩かずに進むことができました。非常に平らな道が続くので、走れて良かったです。余力を残せている喜びと、今までの100㎞のウルトラマラソンの経験が確実に活きていると感じました。

「登り8kmくらいあるよ」と聞いていた道も、ほぼ走って登ることができ、自信になりました。ゆるやかなロードの登りも元気に走れたことが嬉しくて元気でした。この時間貯金の積み重ねのおかげで、後半の私は助けられました。決して飛ばさないけど、ずっと走っていられるペース。これが大切だったと思います。

 

88km池ノ平スポーツ広場エイド(15時間7分)

朝9時半。気温が高くなったと同時に眠気が来ました。また、このあたりから補給が足りていなかったのですが、すぐに気づけませんでした。小さなミスが後々大きなツケとして返ってきました。原因は、焦るあまり、普段は積極的に摂る固形物に手をつけず、ジェルばかり摂ってしまったことでした。黒姫エイド以降、胃腸のムカムカと闘うこととなりました。このお昼前位の区間から息切れが出始めました。ここまでの区間が特にしんどかったです。

(固形物を噛むことで唾液が出て胃腸も働くため、固形物を食べるのが私には一番合っている方法でした)

池の平エイドに行くまでに『ボス』と呼ばれる一番の急登があります。序盤の様子です(写真:岡田拓海君提供)

 

ゲレンデの『ボス』は、序盤が頂上だと思いきや、予想の数倍の急登でした。今までに経験したことのない壁でした。つい笑ってしまったほど!

 

101km黒姫エイド(17時間42分)

大まかに、ペーサーの待つ101㎞までは順調でした。30時間のペースで女子18位の順位で到着していたそう。しかし私自身はその自覚がなく非常に焦っており、息も上がりっぱなし。

ペーサーに『落ち着いて!めっちゃいいペースで来てるんだよ。あなた何位で走ってたか知ってる?18位だよ!』と言われ驚きで声が出ました。

カロリーが足らず、普段出ない息切れが止まらない状態。ペーサーと合流しなんとかフルーツゼリーを摂取し、トイレ後スタート。エイド滞在時間も101kmまでは「滞在7分」等、非常に短く進んでいました。だんだんとその補給ミスの影響が出て、非常に苦しい後半戦となりました。

後半はサポートがいるエイドは2箇所のみ。112km、141km地点。ペーサーとサポーターにさまざまな形で支えられました。

不調はあったものの、ペーサーいはく「早歩きがとんでもなく速かったからどんどん人を抜いていた」そう。黒姫エイドからはゆるやかな登りで、かなり良い感じにパワーウォークで進めました。

黒姫エイドあとの吊り橋。高所恐怖症なので怖くて必死に渡りました!(写真:ペーサー中野さん撮影)

 

 

112km笹ヶ峰グリーンハウスエイド(20時間27分)

15時すぎ、気温は20℃以上あり他の選手は半袖短パン。到着した頃には震えもあり、補給が不足しているのが顕著に身体に出ていました。エイドのお湯でかなり復活したのを覚えています。

胃薬を飲み、小さい紙カップに入ったエイドのカレー2杯を飲み込み、パイナップルを食べました。ジェルを多く使ったおかげで知覚過敏になり歯痛が発生。(100マイルだと良くあること)エイドで歯磨きをし、震えながら10分ほど横になりました。(タイムを見つつペーサーの許可が出ました)

このあたりは牧場で、景色のいい場所でしたが、楽しむ余裕がなかったのが残念!

しんどくて笑えてません。眉間のシワ!(笑)(写真:ペーサー中野さん撮影)

 

エイドのお湯を、ゴクゴク飲みおかわりしていました(笑)そのおかげで胃腸が動いてしまい、エイドから出た後、利用可能なトイレを探すのに苦戦しました!復活の鍵は『お湯』でした。

 

141km戸隠スキー場エイド(26時間57分)

すっかり夜になり21時半。補給してもすぐエネルギー不足になり、震えが止まらず歯がガタガタするほどでした。エイドの戸隠そばを食べ、そば湯や、暖かいつゆを飲み、ダウンを着て机に突っ伏し10分程仮眠しました。走ると暑くなりますが、上下レインを着込んでエイドをスタート。

良かったことは、走る足は充分残っていたこと。

エイドで少し寝てタイムロスしても、走れば予定どおりの時間に巻き返すのを繰り返しました。

残りの距離は20km程なのに、非常に辛い区間でした。

その後、後半の山場の瑪瑙山を登ります。500mほど登るのですが、序盤は根っこが多めの登りで急激にペースダウン。「カフェインが必要」と判断したペーサーがカフェインカプセルを飲むように促します。しかし呑み込めずその反射で、エイドで食べたそばを全て嘔吐してしまいました!(放物線を描いたのを、吐きながら見てました。泣笑)

抑えられない程の嘔吐に諦めそうになりますが、気持ちは折れませんでした。エイドから持ってきたバナナを少量食べながら進みました。ペーサーが声を掛けてくれる”20分毎に補給”し、モルテン(カロリーのある飲み物)を摂りながら耐えました。

 

151km飯綱林道ウォーターエイド(30時間38分)

残り約13km。フィニッシュに間に合うのか、間に合わないのか不安な選手が、ごった返していました。

ここから砂利道の下りが約7kmあります。問題はその先の新コース。ゴール会場が変わったことで、下り基調だったコースの状態は不明でした。経験のあるペーサーからも、「ここはきっと走らないと間に合わない」言われ、覚悟を決めました。

気を抜くとすぐ辛くなるけれど、集中してペーサーについて行きました。トラックで集中してインターバル走をする時の様に、自分の吐息に集中し、ペーサーの後頭部を一点見つめながら、転ばないよう全集中。

そこから5kmほど、上りや足場の悪い土の道があり、やはりコース変更で走れない登りが多くありました。急な林道を下り、なんとか制限時間17分前にゴールすることができました!

 

輝くゴールゲートが見えました

 

一瞬でも諦めたらこのゴールはなかったと思います!感動!

サポーターとペーサーの友人たちと勝ち取ったゴールでした!

サポーターじゅんじさん、ペーサー中野さんと!光るゴールが見えてやっと気を抜くことができ、涙が出ました。

 

ゴール後は不快感が強く胃液と飲んだ胃薬を嘔吐しましたが、怪我もないし元気でした!

朝方3時すぎのゴールでした!

翌朝には食欲もあり、ものすごい少量で笑える位の朝食を食べました。

朝食はこれだけ!(笑)ジュースが美味しかったのと、白米が美味しかったです!

その後食欲も戻り元気。ケガもなく、スタスタ歩けたので周りに驚かれるくらいでした。

長くなりましたが、以上が私の信越五岳100マイルレースでした。

このレースに向け、睡眠・食事・レースプラン作成・エイドワークの工夫するなど、準備をしたことでこの完走に繋がったと思います。

翌日はバックル授与式!嬉しかったです!

走力アップだけではなく、様々なタイム短縮の工夫は自分に合っていたと分かり、これからも発信していきたいと改めて思えた出来事でした。

とてもスペシャルなレースに感謝です。そしてまた2023年も走ります!

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