BLOG - 蔡 俊行(フイナム発行人)

スタジオはじめました

 昨日今日あたりで関係各所に案内が行っていると思うけれど、当社でスタジオをはじめることになった。元ホワイトマウンテニアリングのオフィスに使っていた物件。古くからの馴染みの人には<クロゼット>というお店をやっていたところといったほうがわかりやすか。

 三越の女帝と呼ばれていた竹久みちさんがオーナーだった竹久ビルという名の物件で、いまはオーナーが変わってビル名も変わってしまった。シャトーソフィアSUN。ぼくは竹久ビルのままのほうがよかったと思うのだが、残念だ。

<クロゼット>に来店したことがある方ならわかると思うが、広々とした気の良い空間だ。お店時代は古材を床に敷いていたが、いまはモルタル床にした。これも時代だ。

 ここに入居してからもう32年が経過する。元は竹久みちさんが運営していたバレエスタジオだったが、その後友人が借りクラブのようなことをやっていた。しかし竹久さんから騒音のクレームが来て追い出された。そこをぼくが借りることになったってわけだ。

 当時一階(いまのホワイトの店)には、イタリアンレストランがあった。大西さんという方がオーナーで、当時から代官山は飲食不毛の地。苦戦していたと思う。その後、大西さんが湾岸食堂だったか海鮮料理屋に居抜きでサブリースしたもののそう長く続かず、閉店となった。そのタイミングで竹久さんにこの物件も貸してくれと頼んだのだが、同じ店子にいくつも貸すと出られた時に困るからという意味のわからない理由で貸してくれなかった。

 その後、名古屋ベースのワンちゃん向けのケーキやクッキーを売る店になった。ここはだいぶ続いたんじゃないだろうか。

 しかしここもいつの間にか閉店することになり、そのタイミングで手を挙げたのがわたしである。もう竹久さんは鬼籍に入り、すんなり貸与することができた。

 話がそれた。2階の話だ。

 以前からこの場所をたんなるオフィスやプレスルームにしておくのはもったいないと思っていた。当社の人員増加やなんやかんやでオフィスの増床や移転などいろいろパズルのようなことを考えていた時、ちょうどこのビルから道を挟んだ反対側のビルの1階に若干広い物件があるというのは聞いた。

 そこでホワイトのオフィスとプレスルームをそっちに移転し、空いた空間(重言だね)にスタジオを開設しようということになった。実は以前からの構想だった。

 6月から準備しやっとのことでの開業となる。

 撮影や展示会、ポップアップスペースに利用するための施設。ヨガスタジオなどで使っていただいても結構。ほぼ準備できたが、スピーカーのシステムだけなんにするか迷っている。

 誰もがスマホで簡単に接続できて、それなりの音質でしかもハンサムなものって意外と少ない。BOSEあたりに問い合わせてみようと思っている。

 ああ、そうだ。スタジオ名はUPPER STUDIO(アッパースタジオ)。上の階にあるからという安易なネーミング。本当はUPPER LABOとしていろんなことを実験的にやる場としたかったのだが、多くの反対に合い断念。スタジオだからスタジオです。

 

 

 

 

 

 

 

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