台湾の名医に診てもらった話を、
「ぎっくり腰にご注意①」でお話ししましたが、
実は、その時の台湾での生活で、
2度大きなギックリ腰をやっているのです。
2度目の時は、既定路線で行けば、例の団地の先生に会いに行けばいいのですが、
なぜか、どうしても、あの先生に会いに行く気になれず、
違う先生を探したのでした。
漢方の本場、台湾ですから、名医はゴロゴロいます。
その中でも何となく評判も良さそうで、
広告の写真が優しそうな女医さんを探し、電話をしてみました。
「ぎっくり腰ですか。それは大変でしたね。すぐきてください。」
片言で優しい言葉をかけてくれる、美しい先生。(写真ですでに見ているので)
「わかりにくいので、近くに来たら電話ください」
すぐにというお言葉に甘えて、指定された場所にタクシーで着くと、
景色はまさに三丁目の夕日。
日本が忘れてしまった、昭和の景色がそこに。
長屋が続き、子供たちがボールを蹴って遊んでいます。
縄跳びしている子供もいるし、
逆にベタすぎて驚くくらいの街並み。
しばらく眺めたのち、先生に電話をすると、
「あ、トリバさん、来ましたか。どこにいますか?」
わからないと伝えると、
「じゃあ、名前を大きな声で叫んでください。」
え?
仕方なく、
「トリバー!」
と叫ぶと、少し遠くの方の2階から手を振る女性が。
そしてそこを指差して子供たちが「あそこだ、あそこだ!」と、伝えてくれます。
なかなか変わった道案内ですが、無事クリニックに到着。
クリニックというより、診療所といった感じの木造の建物には、
野戦病院のようなベッドが一つ。
窓も全開なので、本当に戦後の病院のような雰囲気でして。行ったことないですけど。
そして先生は、
「電気鍼します。痛いけど、大丈夫。」
と笑顔で言います。
今日は違う先生なのかな、広告の人じゃないんだ。と思ったのですが、
壁に貼られている黄ばんだ広告を見ると、
広告自体が2、30年は前のものだということに気づきました。
先生は、優しく、「痛いけど、大丈夫」を繰り返します。
巨大な半田ごてのような先の尖った棒を体に当てて、
足元にあるミシンのスイッチみたいなものを踏むという、
アナログな機械を操る先生。
なぜか、毎回舌打ちしながら首を傾げるのがちょっと気になりましたが、
「ハイ」という掛け声が微妙にズレるので身体の準備が間に合わず、
「アッ」とか、「ヒッ」とかそんな声をあげてしまう僕。
それを30分くらいしたのち、先生が、
「もう少し時間ありますか?」
と言い出し、他の診療をすることになりました。
言われた通りに、壁に手をつき、お尻を突き出し待っていると、
ふくらはぎを突然引っ叩き始めます。
「パーンッ」「パーンッ」
三丁目の夕日の路地に響く「パーンッ」「パーンッ」。
10回くらい叩くたびに、先生は痛そうに手を振りながら、
「イーッ」と顔をしかめます。
30分ほど、回数にしたら100回は超えてたと思いますが、
僕のふくらはぎは真っ赤に染まり、
先生は汗だくになりながら「オワリマシタ」と呟き、
僕は解放されたのです。
すみません、長くなりました。
ぎっくり腰にご注意③でお会いしましょう。