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BLOG - 蔡 俊行(フイナム発行人)

協議、あるいは独断?

 ものごとを決めるのに協議制がいいのか、あるいは誰かによる独断がいいのか。ケースによって、まあ違いはある。

 昨夜、スタッフたちとご飯食べてて改めてそんなことを考えた。

 いわゆるクリエイティブな制作に関して、いろんな人の意見を聞きながら進めていくのは果たしてどうなのか。協議的に進めていくと見えなかった問題点などの気づきもあるので、そうしたプロセスも大切だと思うけど、あまりにも人の意見を尊重しすぎると角が取れすぎてまん丸なまったくエッジの効いてないものになる。

 多数決で決められた成果物より、むしろ責任者の独断で押し通していったほうがいい場合がある。スティーブ・ジョブスのアップルなんてまさにこれで、誰の反対も押し切って進めてきたからこそ今日の隆盛がある。

 だいたい会議なんかでクリエイティブのような正解のない問題を取り扱う場合、ネガティブ意見を発したほうが仕事している気になると思いがちな人が多い。確かに意見には拝聴すべき点はある。しかし正解はないのだから、制作者の意図を汲んでそのままでいいんじゃないかということも往々にしてある。というかこれ、自己弁護なんすけどね。

 そういう複雑なプロセスを経て、世に出された成果物に人を感動させる力はあまりない。なーんてことを帰りのタクシーのなかで悶々と考えていた。

 会社もそう。オーナー社長の会社のほうが、決定のスピードも速いし、やりたいことが明確。役員会で協議してものごとを決める式なサラリーマン経営者とではリスクの取り方がまったく違う。

 歴史のある大手の日本の会社は、ほとんど出世して上り詰めたサラリーマン社長。GAFAではないけど、いまのアメリカのベンチャーに勝てないのはそんなところも関係している。

 政治の世界もそうだ。再度書くけど、リーダー不在で、みんなで決めよう式だから頼りない。都道府県の長のほうがまだマシだ。

 我々の国も、いろいろ社会の仕組みを変えなくてはならないステージにに来ているのかもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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