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BLOG - 岡田哲哉(グローブスペックス 代表)

リヨンの街とlazare studio。

フランス滞在6日目。この日は「lazare studio」の本拠地があるリヨンまで移動です。リヨンは10年ほど前、「Lesca Lunetier」を日本に導入する際にジュラに行く途中で少し寄っただけの街なのであまりよく知らないのです。「グローブスペックス」が新たに日本の代理店を行う際には、できるだけデザイナーの考えや目指す方向性などをよく知るようにしているのですが、そのブランドの本拠地のある街がブランドのカラーに大きく影響していることが往々にあるので、リヨンという街も知りたかったのです。またデザイナーであるアレクサンドルは、ブランドを始めた2020年まで自分のメガネ店をリヨンに長年構えていたのです。その思い入れの深い店を売却して「lazare studio」をスタートしたのですが、それがどのような店舗だったのかも知りたかったのです。

世界遺産である美しいリヨンの街並み。

世界遺産である美しいリヨンの街並み。

リヨンに着いた日、アレクサンドルたちは「SILMO」最終日でリヨンに入るのが夜遅くになるため、この日は自分たちでリヨン市内を回ってみました。世界遺産に指定されている美しい街は、遠い昔フランスの首都だった古都です。大きな川に挟まれた市街があり、昔から船の交易で栄えたようです。絹の織物の産地だったそうで、絹の織物を濡らさずに素早く運ぶために建物の間やその中を通り抜けられる「トラブール」という抜け小道が今も多く残っており、公開されている「トラブール」を見て回りました。

公開されている「トラブール」の一つ。

公開されている「トラブール」の一つ。

また街中にいくつもの巨大な騙し絵が描いてあり、定期的にアップデートしてその時々のリヨンの話題の人や店、リヨンにまつわる歴史上の人なども描かれています。面白いのは何世紀も前の偉人の絵もあれば、近所に住んでいたアレキサンドルの姪っこの幼少期の姿も描かれており、旅行者だけでなくリヨンの人たちにも愛される壁画となっていることです。

翌朝からアレキサンドルはリヨンを案内してくれました。少し遅れて到着しましたが、朝早くからリモートでパリにいるスタッフと「SILMO」の反省会をしていたようです。これは次回によりよい展示会を開くために不可欠なことなので、非常にカジュアルに見えるアレクサンドルの風貌とは異なり、しっかりしたデザイナーかつブランドの創始者である一面を垣間見ました。

リヨンを見て回ると言いつつ、まずはコーヒーを飲み、その後ゆったりランチをし、結局3時間ほどたっぷりといろんな話をし、デザインへのこだわり、運営してきた店の独自性や大切にしてきたこと、リヨンの特徴や面白さ、この街と人への愛着などたっぷりと聞かせてくれました。

まずアレクサンドルが25歳から20年弱育ててきた2つのメガネ店について。初めの何年間かは朝9時前から翌日の2時か3時まで仕事をし、愛してきたバイクやいろんなものを売却して店を軌道に乗せていったそうです。

自分も初めの7年間くらいの間は毎日午前2時くらいまで仕事をし、海外の展示会に行ってはいろんなブランドの最新作のサンプルを借りて、そのまま日本に持ち帰ってメディアに発表されたばかりの新作を紹介したり、海外からさまざまなブランドのデザイナーを招待してイベントを行うことで「グローブスペックス」を盛り上げてきました。アレクサンドルも近所のスーパーマーケットを丸々借りてディスコにしてパーティーを行なったり、近隣の洋服屋さんとコラボするなどして、自分の店を話題性に事欠かないリヨンの名店に育て上げました。

ロケーションと性格の異なる2つの店は、店の隅々までアレクサンドルが自ら設計して作り上げたそうです。私も世界中を回り各国のアンティークディーラーに助けてもらいながら、電気のスイッチ一つまでこだわって店作りをして来たので、ちょっと似たもの同士かもしれません。

アレクサンドルのこだわりが詰まっていて、2020年まで経営していた2つの店舗。今は元スタッフたちが買い上げて店の運営を継承しています。

アレクサンドルのこだわりが詰まっていて、2020年まで経営していた2つの店舗。今は元スタッフたちが買い上げて店の運営を続けています。

外見からするとカジュアルで大雑把なのかなという印象もありますが、実際は店作りにおいても物作りにおいても非常に細やかでディテールまで妥協を許さないこだわりの人です。「lazare studio」も蝶番の作り込みや見えない部分の素材、機構の作り込みなど見えにくいディテールに多くのこだわりが詰まっています。今回も表面上は見えないフレームの下地コーティングやメッキなどに画期的な改良を施して商品の品質を格上げしていました。

メッキの下地に通常よく使われるニッケルを使わずに、シルバーとゴールドを多層でコーティングし、メッキの耐久性と抗アレルギー性を大幅に向上させたのです。地味だけど大切なアップグレードの数々を達成しています。アレクサンドルの店作りと物作りへのこだわりには多くの共通点があり、今回の訪問を通じてより深くブランドを知ることができました。

またリヨンと言う街にもアレクサンドルというショップオーナーからスタートしてアイウェアデザイナーになった彼ができ上がったベースがあることもよく分かりました。リヨンはその昔フランスの首都であったことと絹織物の有名な産地であったことから、都市としての規模と歴史や文化もあり、今は地方都市ですが、洒落た店やレストランなども多く並んでいます。

アレクサンドルが長く住み、店を営んでいたエリアは二つの川に挟まれており、半島なのですが島の中にいるような気分になる場所です。歴史ある教会があり、アンティークやアートの店が並び、ファッションや洒落たレストランなどもあるのですが、2つの川の対岸に比べて島のコミュニティ意識のようなものがあるようです。村のような感覚で誰もが知り合いであるような場所です。現にアレクサンドルが少し歩くたびに知り合いとすれ違い、その都度話し込むのでなかなか前に進めません(笑)。

ランチを食べた店も、長年アレクサンドルが街中のオフィスでありリビングルームのように使っていた場所です。コーヒー1杯で長時間PCを持ち込み仕事したり、自分の店の閉店後、営業が終わったレストランに入れてもらって賄いの夜食を出してもらったりしていたそうです。レストランのオーナーとは親戚のような関係で、他のスタッフたちもアレクサンドルを身内のように接していました。

この様に歴史と文化があり、でも今はファッションやアート、世界に知られる食の豊かさがある街でもありながら村のような、人の交流があるリヨンの街もアレクサンドルが作る「lazare studio」のデザインの素地になっていることを理解できた訪問でした。

アレクサンドルのオフィスと、リヨンでのディナー。

アレクサンドルのオフィスと、リヨンでのディナー。

今回の「SILMO」訪問では「lazare studio」以外にもいくつかの新しいアイウェアブランドがデビューしたことを改めて知ることになった出張でした。大御所が新たなブランドで再チャレンジに賭けていたり、実績と実力があるデザイナーが新たなブランドをスタートしたり、全く新しいデザイナーがデビューしていたり、その背景はさまざまです。今回は新たなブランドの導入には至らなかったですが、また今後の動きに注目したいと思います。コロナ禍で世界が止まり、日本と海外がお互いに3〜4年ほど分断されていた中でさまざまな動きがあったことが分かりました。この中からまた新たな流れが生まれてくるのだと思います。今後も引き続きこの世界の流れの中に身を投じて、皆さんをワクワクさせるアイウェアを紹介し続けますので、お楽しみに!

帰国の日リヨンを離れる前に、最も高い丘の上にありリヨンを象徴する「ノートルダム大聖堂」に寄ってから帰国の途につきました。

帰国の日リヨンを離れる前に、最も高い丘の上にありリヨンを象徴する「ノートルダム大聖堂」に寄ってから帰国の途につきました。

 

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