1980年代半ば、私が眼鏡業界に入って数年が経った頃のお話です。そのとき勤めていた会社からの指令でニューヨークの支店に異動することになりました。
中学生の初め、父親のニューヨーク勤務が終了した後、青山に住み、アイビーや西海岸のカルチャー、そしてヨーロッパのモード、古着など多様なファッションや文化に触れていました。10代の頃はファッションが空気のように常にまわりにあり、非常に関心が強かったのですが、私の家系が非常に堅い仕事をする人が多かったのでファッションとそうではない要素を併せ持つ仕事を探しました。
メガネにファッションの可能性を感じたことと、眼のことや光学的な知識などを習得して人の悩みや問題の解決を図って貢献できることにも魅力を感じてこの仕事を選びました。メガネは顔の真ん中にきて人の印象を大きく変えることのできるものなのでメガネをファッションアイテムとして提案したり、人の印象をコントロールして仕事や生活の上で良いイメージを作るサポートツールとするなどの可能性を感じ、ゆくゆく将来はそんな提案をしていける業界なのではないかと思い眼鏡業界に入りました。
でも当時メガネはファッションとしての認識はほぼ無く、どちらかというと「ガリ勉」「堅物」「真面目すぎ」といったネガティブなイメージが強く、楽しそうにメガネを買う人は少なかったです。
ファッション化への期待を持って眼鏡業界に入ったものの、まわりにいた人たちにその様な話を持ち掛けても全く関心がない先輩方が多かったので、その閉塞感を打開するためにもニューヨークに行ってみるべきではないか、と考えたのです。
その考えは大当たりでした。ウォール・ストリートに勤めるエリートビジネスマンが、平日はビシッとしたスーツにトラッドなメガネを掛け、週末には山高帽に真っ赤なメガネを掛けたファンキーな姿に変身し、仕事とプライベートで正反対の自分を楽しんでいる姿に新鮮な驚きを覚えました。また当時、Def JamやRun DMCなどヒップホップが全盛で「CAZAL」や「ALPINA」のアイウェアがアーティストたちに絶大な人気を誇るなど、アイウェアがファッションやカルチャーの世界に深く入り込んでいることも非常に強く印象に残っています。
そのように日本よりもかなり先行してアイウェアを見るための道具からファッションや自分のイメージ作りのためのツールとして進化させていたニューヨークの勤務は非常に刺激的で楽しかったのですが、もう1つニューヨークで驚いたアイウェア文化がありました。
それはリーディンググラスでした。いわゆる老眼鏡です。それまで日本の店舗で勤務していた際に老眼鏡を作るお客様はできるだけそれらしく見えないように派手なメガネフレームにカラーをレンズに付けてそうであることを隠すようにするお客様もいて、リーディンググラスを楽しむ風潮は見られませんでした。
ニューヨークに勤務するようになって新鮮だったのは、Half-eye(ハーフアイ)と呼ばれるリーディンググラス専用のフレームを愛用している方が多かったことです。
Half-eyeとはレンズの上下幅がかなり狭く、小さめの横長であったり半月状の形であったりするのですが、普通のメガネの半分くらいの縦幅しかないので、あえて鼻メガネにして低い位置で掛けて近くを見る際だけに使用し、遠くを見るときにはメガネ越しにレンズの上から見るタイプのメガネのことを言います。なのでどう見ても一目で老眼鏡と分かるデザインなのですが、これが何とも洒落ているのです。
カラフルなものも多く、メタルで繊細な美しいデザインもあり、持ち物として非常に品があるのです。またそれにグラスコードを付けて首から下げると、アイウェアがネックレスのようなアクセサリーにも見えます。
ある時、Half-eyeのカラフルなメガネを受け取りにきた上品なご婦人がグラスコードを付けて店内で試着していると、横にいた若い女性が「わー、格好いい! 私もこういうメガネがかけたいな!」と言うとそのご婦人が「まだ早いわよ。もっと大人になってからね!」と笑いながら返していました。
老眼鏡と明らかに分かるメガネを堂々と掛けて、その姿に若い女性が憧れる! こんな光景は日本では見たことがありませんでした。
日本でもメガネをファッションアイテムや印象をコントロールするためのツールとして定着させて行くことは絶対に可能であると思いましたが、このご婦人のように歳を重ねて行くことを、そうなったからこそ楽しめる気持ちの持ち方やアイテムの楽しみ方さえも提案できる文化がニューヨークにはあり、いつか日本でもそのような提案できるようになるのではないかと思いました。大好きなアイテムと一緒に年齢を重ねることも楽しむ文化です。
私はいろんなメディアやSNSを通じてアイウェアのファッション性や楽しさを伝えてきました。今日は初めてリーディンググラスを提案します。
自覚がない方も多いかもしれませんが、私が店でお客様の度数をチェックしていると40代前半の方はほとんどがもういわゆる「老眼」の状態になっています。快適に見るためにはリーディンググラスや遠近両用のメガネが必要です。遠くも視力矯正が必要な方は遠近両用が良いのですが、近くだけが見えづらい方はリーディンググラスも選択肢に入ります。私は遠くを見るのに近視と乱視があるので遠近両用をしています。
今日はいろんなファッションのスタイルに合わせたHalf-eyeと、それを首からぶら下げるChains and Cords(チェーンやコード)をご紹介します。
「Lesca Lunetier」のHalf-eyeと「大澤鼈甲」の本鼈甲製チェーンです。
「Lunor」のフォールディングタイプのHalf-eyeとメタルのチェーンです。折り畳みできるので、こんなにコンパクトなケースに入れてポケットに持ち運ぶこともできます。
色鮮やかな赤の「Lesca Lunetier」のHalf-eyeと赤いレザーのコード。ダークカラーの服に差し色で赤いリーディンググラスも良いですね。
珍しいラウンドのリーディンググラスがNYの「Morgenthal Frederics」のHalf-eye。ウッドビーズのグラスコードと組み合わせました。
最後は変わりダネで「Lesca Lunetier」のP1 Halfというモデル。玉型の下半分だけにレンズが入っていてまっすぐ前を見るとリーディングのレンズ越しに遠くを見渡すことができます。こんなメガネを掛けられるのもリーディンググラス世代の特権ですね!
欧米の映画のシーンではこんなリーディンググラスが実にさまになる俳優の姿も目にしますが、リーディンググラスを顔まわり、首まわりのアクセサリーのように使うのも非常にオシャレだと思います! 私が若い頃に憧れを持った当時の大人たちのように。