CLOSE
BLOG - 岡田哲哉(グローブスペックス 代表)

Lunorの秘密。

私はクラシックなモノが好きなので、自分でメガネをデザインする時、古いメガネの好きなディテールをアレンジして取り入れることが多いです。でも、この人のそういった知識と手法はハンパないです。私がメガネの世界で最もリスペクトしているデザイナーであり、メガネ業界における父の様な存在です。

ゲルノット・リンドナー。1941年ドイツ生まれ。14歳の時に祖母からもらった古いメガネの美しいデザインに魅せられて以降、蚤の市などを巡ってはアンティークメガネの収集を開始。

ゲルノット氏が祖母からもらった古い眼鏡。

 

その後、どんどんそのコレクションを増やしていき、最も多かった頃には日本やイタリアにメガネ博物館設立の際、所蔵のコレクションから相当数のアンティークメガネを寄贈したそうです。

ゲルノット氏所蔵のアンティークの数々。

 

また、ヨーロッパの業界誌にもメガネとそのデザイン史の連載を寄稿するほどの知識を持つ人物でもあります。

ゲルノット氏が持つ技術書。

 

1965年当時、世界最大のメガネメーカーであったAmerican Opticalのヨーロッパ支社に勤め、製造管理や教育担当などの仕事に従事し、メガネ業界人としてプロの見識とキャリアを深めていきました。そして1990年にLunor(ルノア)のブランドを立ち上げました。

1998年、グローブスペックスを設立する直前にドイツ・シュツットガルトにあったゲルノットのオフィスを訪ね、彼のデザインの真髄を教わりました。

ルノアのメガネは一目見た時から独特なオーラのあるデザインだと思っていましたが、デザインの要は一見では気付きにくいディテールにあります。ゲルノットが一番こだわっているのは「智」と呼ばれる部分です。

「Lunor II」の智部分。

「Lunor V」の智部分。

 

どのシリーズにおいても、この「智」のディテールに最もこだわっており、すべてのシリーズのデザインにおいて、まずは「智」のデザインから押さえていました。多くのメガネデザイナーはレンズの形から手掛けていきますが、ゲルノットに言わせると球型は自動的に決まるもので、この「智」のデザインが決まれば、全体ができたも同然と考えているそうです。そう考えるのはあくまでゲルノットの感覚であり、実際にはゲルノットの玉型のデザインやサイズバランスは卓越しています。

 

ルノアの古いカタログに見られる玉型デザインの数々。

 

この1830年代のアンティークメガネの「智」を見ても分かる通り、この逆アールの「智」の美しさをルノアに継承しているんです。

ルノアのAシリーズのテンプルとフロントを繋ぐ金具は、メガネの掛け外しにおいて最も力の加わる部分であり、

それをこの様な堅牢な金属で作ることをゲルノットが考案し、それがAシリーズのデザインアクセントにもなっています。このシリーズを開発した際にもゲルノットはこの金具から開発を始めました。

金具が完成したとき、それだけを見せられて「テツヤ、すごいものが完成したぞ! これを見てみろ!」と言われ、私はあっけにとられました。私はその金具から何ができるのかまったく想像ができなかったのです(笑)。ゲルノットの創造力と想像力には遠く及びません!

そしてもっと気付きにくいディテールとしてこだわっていたのは、「甲丸」と言われるメガネの縁の仕様。

すべてハンドメイドだった18世紀以前のメガネの縁は、職人が金属を削り出して作っていて、縁の形状は必然的に「甲丸」だったのですが、ゲルノットはここにもアンティーク眼鏡の美しさの真髄を見い出しています。

私も言われるまで分からなかった部分ですが、確かにこういったディテールの積み重ねがルノアのデザイン全体のオーラを生み出しています。

構造面でもゲルノットのアンティークメガネに対する深遠な知識が生かされているシリーズが幾つもあります。下の写真の伸縮するテンプルは、19世紀以前のメガネをコンパクトなケースに入れるために用いられた構造です。

Lunor I

1830年代のアンティークメガネ。

 

Swingのシリーズ(写真下)の可動式一山ブリッジは第一次世界大戦後の片目を負傷した傷痍軍人が、片側のレンズに遠くを見る度数を入れ、もう片側には老眼のレンズを入れ、上下を逆さまに反転させて掛け替えて遠くを見たり近くを見たりし、ピントを切り替えるための機能だったのです。

Swing A

1910年代の可動式一山ブリッジのアンティークメガネ。

 

鼻の上に載せると自動的に快適な角度に落ち着くメリットに気が付いて、Swingにこの機能を取り入れたそうです。

プラスチックのシリーズのテンプル内側に刻まれている溝のようなものは、古いメガネにあったディテールで、当時この刻みをテンプル内側に入れることによって摩擦が増え、メガネがずり下がることを防止する意図であったそうです。

実際あまりその効果はないのですが、アンティークメガネのエレガントで味わいのある佇まいを効果的に醸し出しています。

18世紀以前のメガネは、一つ一つ職人が手作りしていたので裕福な層の人たちしか持てないアイテムだった上に、当時、字が読める(識字率が非常に低かった)こと自体も特権的であったことから、裕福さや字が読める知性を誇示する特別なアイテムでした。そのため、ケースも貴金属を用たり、パールやガルーシャ(エイ革)、凝った七宝細工などで装飾を施した豪華な仕様(写真下)が多かったんです。

アンティークの凝った意匠のケース。

 

ルノアのケースがウッドで作られ、筒型であったり、薄いエレガントな開閉型であることは、この様なアンティークメガネの時代のエレガントなデザインをモチーフにしています。

ルノアのメガネケース。

 

まだまだ色んなルノアの美しさの秘密があるのですが、ちょっと値段が高めなのはこういった凝った構造を作り出すパーツのほとんどがオリジナルで作られていて、なおかつクオリティが高いドイツの工場で作られているからなんです。

アンティークメガネをモチーフにしているため、多くのデザインは普遍的でタイムレスなものであり、トレンドに左右されることなく長く愛用できます。実際、創業間もない90年代半ばに発表されたモデルで未だに人気が高いものが幾つもあります。

グローブスペックスがスタートした1998年から21年間、ずっとルノアを紹介してきましたが、派手さは無いのに店を訪れるお客様は皆、ルノアの前で足を止めます。多分、この様なゲルノットのこだわりが、一つ一つのメガネから発するオーラとなって目に留まるのだと思います。

今、ルノアは新しいデザイナーであるミハエルが就任し、また新たな魅力がどんどん加わっています。ただ、未だ90年代にゲルノットがデザインしたモデルも非常に人気がある特異なブランドです。

とても魅力に溢れるコレクションですので、店に来られたらぜひ見てみて下さい。

UPDATE BLOG

ブログトップもっと見る