
良いものは小さき美しいものたちの集合であると常に考え、それをあらゆるプロジェクトの根拠に求めやってまいりました。それはまさに、決して(現時点では)創り出す者になれなかった、我々なりの編集作業そのものであり、MEDIUM(ラテン語で「間に存在するもの」の意)をSURFしていくという名前の由来でもあるわけです。(ちなみに宣伝:来週オープンハウス兼採用説明会です!お時間あればぜひ)
そう考えると、K5は、まさにそれを体現していると言えるプロジェクトのひとつで、一つ一つは小さいが、集った結果、その全体は、部分の総和以上の解答となりました。もちろん、今振り返ると当然反省すべき点や、改善すべき点はあるのですが。
今回は、その全てを回顧するにはページ数(というか私の時間)が足りず、「K5」の名前が閃いた瞬間の話を。
往々にして、内容そのものよりも構造自体をどう捉えるか、というところから我々のアプローチは始まります。それは言い換えると、「物と物」や「人と人」「街と物と人」などの関係性を理解することからスタートです。それをさらに言い換えるとすると、それは「Context=文脈」の理解とでも言いましょうか。
その視点に立って考えてみると、K5は築約100年のビル、元銀行、存在感のある建物、魅力的なチーム、それだけで材料は揃っていました。コンテクストはバッチリです。あとは、どう皆で編集していくか、というところに意識を向けるだけです。そして、前提が綺麗に揃っているのであれば、施設のネーミングは派手な、意味ありげな、かっこいい英単語なんかではなくて、むしろそのアプローチを避けて、なるべく目立たず、この箱の中で起きている瞬間瞬間が主役になるためのプラットフォームであるということを体現、前提そのものが主役、というのが良いよね、と常々皆で話していました。

2019年の元日の朝、ストックホルムを家族で散歩している時に、公園にある(多分電気系統の設備をしまっておくであろう)小屋が目に入ったのです。そこには、「T11」というプレートがかかっていて、なんとなくかっこいいなあ、と思いながら家に向かい、ドアを開けた瞬間、兜町第五平和ビルという、ビルの名前からKabutoのKと第5の5をとって、「K5」にしようと閃いたのでした。まさに何の意味も持たないその名前は、何度か簡単なチームでの議論を経て、その後暫定のプロジェクト名から施設名と正式になりました。
何が言いたいのかというと、結局、私は、もしくは我々は、いろんな社会に存在する様々な点の間に線を引き、一見無関係に見えるそれらを、つなぐ。そして価値の転換を目指す。都市の編集とは即ち、多様な点と点のあいだを忙しなく動き回り、つなげること。状況を編集し続けている、と言い換えることができるのでありましょう。
東京の中央区にあるマイクロ複合施設のネーミングの原点はストックホルムの公園の片隅にあった薄汚れたプレートにあるのですから。
東京の施設という「点」と、ストックホルムの小屋のサインという「点」が約8000キロの距離を超えて繋がったのですから、物理的な距離の制約はそこには微塵も存在せず、意志のある人たちに繋げられるのを待っているのです。
自由な思考さえあれば。