サロモンのイベントで初めて雪山に連れて行ってもらってから10年。それから毎シーズン1~2回は雪山を訪れるようになった。永遠の初級者で我流スキーヤーであるが、非圧雪のコブ斜面以外は、ストレスなく滑れるようになった。そうなると調子こいて、次はファットスキーを履いて非圧雪のパウダースノーを満喫したいなんて思うものである。
そこでアークテリクスのTさんの計らいの下、メッケ隊のみんなに声をかけ今回安比高原スキー場へお邪魔してきた。たぶんメッケ隊といってもいまの読者の中には知らない人が多いかもしれない。90年代に坂井達志、古田ひろひこ、坂崎タケシというスタイリストが雑誌ポパイでこの名称で連載をしていたいことから付いた名前だ。そしてぼく自身が独立し、いまの会社を立ち上げた時の所属メンバーでもある。ふざけたような話だが、東京中のトップクリエーターを集めて歌やPVを作りCDも出した。いまもPVはyoutubeで見ることができる。
今回はこの三人、そして坂井のアシスタントであった本間良二、俳優のIくんというメンバー。ただ、全員のスケジュールを合わせるのが大変で日程をずらしての集合で、全員で集まれる日はたった1日。その日の朝イチの写真がこれである。左からアークテリスクTさん、リョージ、坂崎、俳優Iくん、ぼく、PR会社RのNさん、古田、そしてガイドをしてくれたジュンヤさんだ。宿泊もこのジュンヤの<ロッジクラブマン>という宿であった。それにしてもゴーグルで誰が誰だかまったくわからない。

↑なんだか黒っぽい人たちが多い。スキー場ではやはり映える色がいいと思いました
しかしこの写真、一人不足している。坂井がいない。実は前日入りした坂井が最初の一本目で、ものすごいトリックをメイクしようとしたのか知らんが転倒し、肩を脱臼したのだ。まるで運動会で足をもつれさせて転んだお父さんのようである。
医務室に運ばれ、その後下山して街の病院から宿に帰ってきたのはもう日も暮れてから。三角巾に吊られた腕が痛々しい(下写真)。幸い治療ですぐに関節は元の位置に戻ったようだが、痛みは引かなかったようで翌日朝にリタイヤ。ミスチルに迷惑かけられないからという理由で帰京となった。

↑このお父さんはこんな状態でもお酒は別腹なんですね。しこたま召し上がっておりました
当初の予定では、初日に足慣らしで安比高原スキー場、そしてみんなが揃った日に八幡平の閉鎖されたスキー場をキャット(雪を圧雪するブルドーザーのような車両)で上り、非圧雪のノートラックパウダーを滑り降りてくるというものだった。が、キャットの故障で今回は断念。また安比も強風が吹くなどゴンドラが利用できない日もあり、下倉スキー場にもお世話になった。

↑ロッジクラブマンより。滞在中ずっと風が強かったが、最終日は雪も風も止み絶好のコンディション
ガイドをしてくれたジュンヤさんによると我々が滞在する直前に大雪が降ったようで、スキー場関係者も「もう雪はかんべん」というくらい降雪量だったとか。むしろ絶好のコンディション。安比を満喫した。
こんな風におっさんになっても、仕事やら家庭やら子供の受験やらいろいろあるのに仲間で集まって、雪山を楽しんで夜は薪ストーブのまわりでお酒を飲みながらバカ話で盛り上がれることに感謝。
俳優Iくんは直前に行ったバリ島サーフィン合宿でウニを踏んだ足が化膿し、これまた早々リタイヤなど、もうどいつもこいつもという状態だったが、こうやって真剣に遊ぶのは精神的にも肉体的には非常によろしい。
最終日は、安比高原スキー場の頂上にある閉鎖リフト部分を上るキャットで締めの一本。すっ転んでも楽しいパウダースノー。
この雪山ツアー、毎年の恒例にしたい。アークテリクスさん、どうもありがとうございました。

↑最終日、リョージとぼく。これからキャットで登ります。キャビンは一人しか乗れないということでぼく以外の人々はキャットの前にあるショベル部分に乗らなくてはならなかった。これで一人5000円は高いw(ジュンヤさん)

↑今回新調したアークテリクスのスキーウェア。セイバージャケットとセイバービブパンツ。ジャケットのスノーガードを閉めなくてもビブパンツがあればパウダーでも雪が体の中に入ってこない。なんども助かりました。それにしても全身黒は映えない。やはり色付きにすればよかったか。ちょっと後悔してる
↓次のヘルメットはこれにしたい。これなら全身黒でも遠くから認識してもらえそう
