BLOG - 蔡 俊行(フイナム発行人)

ここだけの話-その6

 先日関係各所に送った、定期通信「ここだけの話」をここに貼り付ける。

 ご笑納くださいませ。自民党総裁戦も近いしね。

 

万博

大阪で行われている万博閉幕まであと少し。結局ぼくは行けずじまい。行った人から聞くは良い評判ばかり。しかし時期を失してしまった。

1970年に行われた万博は朧げに記憶がある。動く歩道をはじめて見たはこ時だ。アメリカ館など人気パビリオンは行列がすごかったで我が家族は並ばず、あまり人気ないところばかり入った。行き当たりばったり旅。旅館も予約せず、大きなたぬき置物が玄関に置いてある廊下が傾いている旅館にむりやり交渉して泊まったを覚えている。

万博で子供たちが良いも悪いもいろんな思い出を作られれば、開催意義はあると思う。どうやら目標入場者数にも達したらしいし、大成功といっていい。

先日、日経新聞でコシノジュンコさんインタビューがあった。先と今回2つ万博でユニフォームをデザインしたそうだ。70年万博では3つパビリオンデザインを依頼された。こ時彼女は20代。依頼者は建築家黒川紀章さん、作曲家一柳慧さん、そして堺屋太一さん。彼らもみんな30代だった。

役所ではこんな「若い人に頼んでいいか」と問題になったらしいが、はじめて万博、経験ない人たちばかりだったで若い人にもチャンスが回ってきたんだろうということだ。

なんだか時代ダイナミズムみたいなもを感じる。というか失敗など考えず、とにかく前に進ませようというエネルギーというか。

現代、こような大きな仕事を依頼するとしたら20代若手に仕事を依頼することなんてないだろう。ご承知と思うが、2020東京オリンピック(2021年開催だったけど)公式ユニフォームはAOKIが担当。聖火ランナーユニフォームに尾花大輔さんが選ばれたはちょっと嬉しかったが、彼だって実績も経験あるデザイナー。将来性を買って、さらなる若手を起用しようなんて挑戦(冒険?)はない。

70年当時はいまようにデザイナーやブランド、メーカーという先輩たちで渋滞してない。だから思い切った起用ができたかもしれない。

こう考えるといま日本縮図ように思える。上が詰まってるから下が登れない。まるでハイシーズン富士山登山ような構図だ。

あらゆる業界でこうした現象が起こっているような気がする。

ちょうど自民党総裁選がもうすぐだ。これ以上言わなくても何がいいたいかわかるでしょう。ここだけの話、とりたてて彼を支持しているわけではないだが。

自戒も込めて、年をそれなりに取った人たちはすこし身を引いて後進に道を譲ったほうがいい。そしてあのバカげた買い物袋有料化の愚策を考え直してもらいたい。

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